Home >> ふる里つるおか飲み屋ばなし >> つるおか飲み屋ばなし

2007年02月14日(Wed) 19:00

ボトルキープ

 サトウさんの電話番号があった筈だとスナックTのママは探した。確か初めてツケにするときに会社の電話番号を教えてくれたのだ。十年来の馴染みなので多少のツケを月毎にいちいち催促などしないのだが、そのサトウさんがここ三か月程顔を見せないのである。それまでは週一回はきていた。とにかくツケのこともだがどうして見えないのか知りたい気がした。

 ツケ帳の欄外に鉛筆書きしてあったのを見つけた。会社は木工所である。
 電話は通じた。ところが何とサトウトウイチローは死んでいたのである。電話に出た女のひとはシャチョウといっていた。最初シャチョウの意味が判らなかった。サトウさんが社長だったとはこれにもびっくりした。そういえば自宅にも同じ電話番号で通じるといっていたのを思い出した。水商売の熟年のママが十年も気付かなかったのである。

 サトウさんの背広姿を見たことはなかった。いつも仕事上りのような雰囲気で作業着姿だった。そして話のなかにも「俺のような指物(さしもの)ヤは……」という言い方をした。指物師といわず指物ヤなのである。角ばったアゴが多少頑固な職人風に見せていた。その上無口で殆ど自分のことは話さなかった。しかもいつも一人だった。
 とにかくサトウさんが亡くなった。寝耳に水とはこのことかと思った。
 線香の一本もあげに行きたい気もしたが、知らない飲み屋の女がヒョコヒョコ出て行くのも気がひけ、それに電話に出た女がスナックTのものだというと急につっけんどんになったのにもひっかかる感じだった。

 一体何で亡くなったのだろうと思いながら十日程経った頃、二十才過ぎの女性が現れた。サトウさんの一人娘だという。心臓の病気で急にだそうである。疲労や飲み過ぎも重なったのではないかという。
 ママは社長とは知らなかったというと、それは名前だけで経営はすべて母が握っており、父はいつも従業員と同じに現場で木屑だらけになって働いていて。根っからの職人だった。そして婿なのだという。
 殆ど座ったことがない社長机の引き出しのなかはきれいに何も入ってなく、ただスナックバーTのマッチが一個奥にポツンとあったと娘はハンドバッグから取り出して見せた。七、八年前にサービス・マッチとして作ったものである。今はライターを使う客が多いので作っていない。使った形跡はなかった。サトウさんは煙草は吸わないのである。

 あの時電話に出たのは母だというから、あのつっけんどんな女は奥さんだったのかと、ママは何となく納得したような気分になった。
 借金があったのではないかと娘は尋ねる。一万円そこそこあるのだが香奠代りだと胸におさめ黙って首を振ってみせた。

 その時思い出したのである。ボトルである。サトウさんがサントリー・リザーブのボトルをキープしていたことである。まだ口を開けていないボトルを棚からとり出して娘の前に置いた。娘はそれを手にとりながら父がマジックで記したローマ字を見て、私の名前だとつぶやいた。ママは客のなかには悪戯半分にいろいろなサインをしておく人もいるので別に気にもとめなかったが、そうか、そうだったのかと頷いた。
 サトウさんはウイスキーは飲まない人である。いつでも日本酒である。しかも熱燗を口にふくむようにして飲む。必ずカウンターの奥の一番端に斜にかまえたふうにして腰をかけ、頬杖を突いて盃をかたむける。酔がまわってくると頬杖の手がはずれて、カウンターにべたーっと伸びる。眠ってしまったのかと思うとそうでもなく一寸素面(しらふ)にもどったような調子になって帰っていく。

 そのサトウさんが姿を見せなくなる何日か前に突然ボトルをキープしたのである。珍しいこともあるものだというと、十日も過ぎて四月に入ったら一緒に飲む人を連れてくるから、それまで棚に入れておいてくれという。いつも一人のサトウさんが、誰だろう、カノジョかなとお座なりの商売口調でひやかすと、思いがけずニコッと笑った。
 その誰だろう、カノジョかな、がそうだったのだ。

 娘は黙ったままだった。想いを凝らしているようだった。やがて「ママ、つきあって下さい」言いながらボトルの口を切った。水割りをつくり二人はグラスを合わせた。ママはサトウトウイチロウの冥福を祈る気持をこめた。
 娘は思い切ったようにして三分の一程飲んでから「父は私の就職祝いに飲みに連れていってやると楽しみに……」と一寸水割りにむせたような調子で絶句すると顔を伏せた。全くパーマっ気のない肩までの髪がさらりと前に垂れ、すっぽり顔を覆った。

 長い間そうしていた。両肩が心なしか小きざみにふるえているようにママには見えた。
 良い娘さんなのだと思った。