2007年01月23日(Tue) 18:39
やきとり屋ものがたり(7)-3
それはそうと、やきとり屋組合では屋台を引っ張らなくてもよいように連日のように市役所に交渉に行った。土木課では認めるわけにいかない。市道を半ば無断で使用し、都市計画にも支障があるとくる。そこを何とかと生活を賭けているかあちゃん達は必死である。頭を下げてお願いするしかないのである。今日も駄目だったと吐息をついて戻るかあちゃん達の前で、大きな声で独り言をいって行った職員がいた。「何辺きても課長はウンと言わない。いや言いたくとも言えないのだ。仕様がない、後は黙って置いておくだけ。モ・ク・ニ・ン」
それ以来置きっ放しにして三十年にもなるが、市からは何もいってこないという。
しかし市では戦後の風景を引き摺っているような?バラック建ての飲み屋街や、やきとりの屋台などは整理したい方針であることには変りはない。だから屋台は一台限りと釘をさされた。自分の身内が引継いでの商売は止むを得ないが他人に譲ることは認めない。但し店を畳む人には、立退き料というか、廃業手当というか市で十数万円出すという。
三十数年も頑張りつづけている消防署脇のかあちゃんは「たかがそれだけの端(はした)金でおいそれとやめてたまるか」と息巻いていたが、隣の屋台まで消えてしまい、そのセリフもいささか力がない。
※この消防署脇に最後まで肩を寄せ合っていた四軒の屋台も平成三年四月遂に姿を消した。(「金久」もそのひとつである)その辺一体の川岸は改修され、やきとり屋台の名残の欠けらさえ消されてしまった。
なお、この時点で残っているやきとり屋台といえば、七日町神楽橋たもとに一軒。常念寺前通りにはもう四十年にはなろうという「ぐんばい屋」。(漢字で軍羽屋となっている)市体育館前にこれもふるい「一(いち)や」。それから昭和橋下に三軒。実際に営業しているといえばこの六軒というところだろうか。いずれも市道とは直接関わりのない場所らしい。
今は屋台といっても周囲をトタン張りにし、入口にはサッシ戸などをはめ込み、中にはテレビ、電気冷蔵庫などと、もう立派なミニ店舗ではある。
(地名などは、平成三年執筆当時のものです)
