2007年01月22日(Mon) 18:17
やきとり屋ものがたり(7)-2
店が終わると、旧の第一小学校(今の市体育館あたり)脇付近の空地まで屋台を運ばなければならなかった。屋台だから何とか引っ張られるように車はついている。丁度リヤカーに屋台を組み立てて乗せたような格好である。商売をするときは周りに簡単な腰掛けを置き、そのぐるりを板や葦簀で囲った。風雨や雪を凌ぐためである。中は一坪半程度の曲りなりの即席店舗ではある。それを全部たたんでロープや縄をめぐらして屋台を縛りあげる調子である。そして数百メートル先まで女の細腕で引っ張るには可成の重労働である。しかし健気にも引っ張った。
夜中の一時、二時頃、かあちゃん達が砂利道から舗装道路へと屋台を列ねて行進する光景は何とも異様だったようである。ところがそのガタガタと引っ張る音がうるさいと近所の住民から苦情があって、朝引っ張らざるを得なくなった。屋台をたたんでおいて家に帰り、一寝入りしたかと思うとあわてて起きて、引っ張りに行く。小学生の子供から登校時刻とかち合うと恥ずかしいといわれ、おそくとも八時前には終っていなければならなかった。
そして午後四時頃には又川端通りに引っ張ってきて開店準備である。子供達に食べさせるために、朝に夕に引っ張っては悪戦苦闘したのである。
しかしそのうちに引っ張り屋があらわれた。アルバイトである。かあちゃん達は殆どその引っ張り屋に頼んだ。屋台一台一回三十円である。川端の屋台は今までちょくちょく飲みにきていたじいさん一人で請負った。かあちゃん達はそれで一息ついて腰をさすったわけである。
冬や悪天候の日は大変だったのである。吹雪で途中屋台が飛ばされそうになったり、夕方から降りつづいた雪が店が終る頃には一尺近く積っていたり、とても女の手には負えなかった。引っ張り屋のそのじいさんの存在は何とも有難かったのである。ちょっとした雑用も引き受けてくれ便利にしていた。
ところがしばらくしてからあちこちの屋台でどうも酒が盗まれているといい出した。一升瓶の酒が減っているというのである。売れ残った食べ物は殆ど家に持ち帰るか、処分するかだが、清酒や焼酎は屋台の中に置いたまま帰るのである。あれやこれやで、どうも引っ張り屋のじいさんが怪しいとかあちゃん達が囁き出した。しかし現場を見た者も、証拠もないのである。
或日、例のじいさん、夕方最後に引っ張った屋台の店開けを手伝い、冷(ひや)酒を一杯御馳走になっていた。そこに入って来た馴染み客が、じいさんを横目で見ながら、「かあちゃん、まだ酒が盗まれるのか、今度俺の病院から薬を持ってきてやるから酒に入れておけ。その酒飲むとテキメン、足腰立たなくなるから……」と真しやかに話したものである。
それからぱったりどこの屋台の酒も盗まれなくなったという。
その馴染み客は病院勤めは本当なのだが、しかしそんな薬などある筈がない。じいさんとて真に受けたわけでもあるまい。ただ自分が疑われているということであわててやめたのかも知れない。しかしじいさんだという確証はない。もしじいさんだとして十台程の屋台をえっちらおっちら引っ張った後、一人こっそり酒を盗む姿を想像すると、むしろにくめない感じ、というところである。
(地名などは、平成三年の執筆当時のものです)
