2007年01月18日(Thu) 21:51
やきとり屋ものがたり(4)
シロ(ダルム=胃腸)七円、アカ(レバ=肝臓、タン=舌、ハツ=心臓、など)十円、そして清酒(二級酒)七十円、チュウ(焼酎)四十円。昭和二十八年頃の値段である。勿論一串であり、コップ酒一杯である。シロは間もなくアカと同じ十円になった筈である。いずれも豚である。
やきとりにはその他鶏の皮やすなぎも、豚の軟骨、子ぶくろ(子宮)、乳房、カシラ(頬肉)など。しかしこの類いは何時もあるとは限らない。
一番一般的で、よく出るのはやはりダルムである。ただダルムは串に刺すまでの処理に手間がかかるので、ぶつぶついうやきとり屋もいた。よく洗って茹でないといけない。今では肉屋でちゃんと処理したのを売っているのだが。
やきとりは文字通り大抵焼いてタレか塩で食べるが、焼かないで食べることもあった。胃袋の肉の厚いところは茹でたのをそのままサシミ状に切って、刻みネギをたっぷりかけ醤油で食べるのもオツなものである。これを胃袋のサシミと称した。サシミといえばレバもよく新鮮なやつを生のまま、いわゆるサシミを好む人がいた。食べつけるとマグロより美味いというが私には新鮮なだけにかえって寄生虫がこわくて敬遠した。
なかにはダルムをジャガイモ、油揚げ(厚揚げ)、ネギなどと煮込みにしてもらう客もいた。一時ホルモン料理といって流行った。
とにかくその他タンにしろハツにしろ、それぞれ独特の個性的な味がやきとりの魅力といってよい。乳房や子ぶくろはサックリ、軟骨はコリコリと歯ざわりが又何ともいえなかった。上肉を置く店もあったが、やきとり屋で上肉を食べる人の気が知れず、むしろ上肉の方がゲテモノという感じだった。
鶏の皮は大人鶏の脂の少ない硬目のものが歯ごたえがあって美味い。鶏のモツは豚よりも軽い味でさっぱりしたところがある。もっとも好き好きだが。といっても屋台店では鶏はあまり扱わない。
今は塩で食べる人が多くなったが、以前はタレの方が多かったような気がする。私はレバはタレが多く、ダルムはその時の気分、その他はタレよりも塩の方が合う感じである。モツのそれぞれの個性的な味は塩の方が判る。
タレのつけ方は丁寧に焼いたところで(ただレバはかるく焼いた方がよい)タレガメにたっぷり突っ込んでもう一度火に当てる。その時の匂いが何ともいえない。更にタレをかけながら焼き、最後に又さっとタレガメに潜してすぐさま皿に乗せて出す。
タレも味醂、粗目糖(ざらめ)、蜂蜜などを使ったり、それぞれ工夫していた。やはりワカいタレよりも使い込んだタレの方がコクがあってやきとりにも馴染んできて美味い。だから一度に新しくしないで、カメのタレが少し減ってくるとその都度補うようにしていた。
塩焼きの方は焼く時すぐさま塩をふる。コショウ、トウガラシは好みによる。ふりかけ用の食卓塩の容器はまさにやきとり屋のためにあるといってよい程である。そしてかあちゃんたちはその塩が湿気らないように気を配るのである。
やきとりに忘れてならないのが、ネギである。ネギだけを別に串に刺すところもあるようだが、鶴岡の屋台では大抵肉と交互に刺して焼く。ネギと肉の焼け具合が丁度一緒になるように、ネギの新鮮さ、太さや刻む長さにも心を配っている店のやきとりは大体美味いのである。
ネギ不足の時期などにタマネギを代わりに使う店もあったが、タマネギ独特のあまさと歯ざわりが合わない感じでいっそ肉だけの方が好い。
串は何といっても竹である。焼くにしても食べるにしてもサマになっている。材質がやきとりにぴったりで、第一安い。(今はタイから輸入しているという。)金串では熱くて口にはすぐに運べないし、サマにならない。
こうしてやきとりの味を屋台で覚えた私などは今だにやきとりは屋台に限ると思い込んでいる一人である。それでなくとも豚のモツ焼きなどはもともと屋台から始まったという。
裸電球の一坪半位の屋台の中で肩を寄せて気取りもリクツもなくやきとりに喰いつく。ダルム、レバ、タン、ハツのそれぞれの強烈な個性が煙の中に立ち込める。
そういえばやきとりをお土産に持って行こうなどと助平根性を出してはいけない。暖簾の外に出た途端、味は半減する。しらじらしい味と化す。やきとりはその場で焼いたのをすぐさま食べないといけない。
よく焼き立てをすぐ食べない人がいる。猫舌か知らないが他人事ながら気にかかる。串に刺したやきとりを手でバラバラにして(御上品なやつは串で串からはずしている)串でちょんちょんと突き刺しながら食べている御仁、なかにはネギを残して丁寧に積み重ねているのもいる。せっかくかあちゃんが手間隙かけて串に刺したのである。全く失礼というものでそばで何となく腹が立ったりする。
とにかく焼きたてに串ごとすぐさま喰いつくに限るのである。
